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学研 牧の台教室

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2019-12-20 (Fri)  11:36

学習意欲とは・・・

ネットの無料メルマガで,とても納得できる文章を発見しましたので,掲載させていただきます。
私が日々思っていること,お伝えしたいことが,とても分かりやすい表現で書かれています。

以下,「まぐまぐニュース!」より,現役教師の松尾英明さんの言葉です。

↓ ↓ ↓

子どもの学習意欲ということが大切にされている。新学習指導要領でも「学びに向かう人間性」の育成は、最重要項目である。昨今に限らず、「関心・意欲・態度」には常に重点が置かれてきた。

ところで、この「学習意欲」という大きな言葉。その内実がかなり違うと感じる次第で、書く。

例えば最近、eラーニングによる学習がもてはやされている。子どもの習熟度に従って、問題を出してくれる。これはこれで意味がある。子どもの学習意欲の向上に役立つという。

この場合、指すところは「子どもがゲームのように楽しんで取り組む」という意欲である。また、何かのキャラクターに喋らせたり、下品なものを用いて笑わせて面白がらせる、という手段の場合もある(昨今大ヒットした漢字教材について、私はかなり批判的な立場である。日本語に対する品性が問われる)。

一方で、目指すところがあって勉強して、問題を解いているという場合。これも「学習意欲がある」という。しかし、先の例とは、全く内実が違う。

前者は、外発的動機付けという。面白そうだと思いそうなものを与えて意欲を引き出す方法である。この場合、外的要因に魅力を感じなくなると、意欲が全くなくなる。

後者は、内発的動機付けという。自分の内にそれをやる目的があり、動く場合である。この場合、外的要因に影響を受けにくい。

もう少しわかりやすく例える。子どもが好きなものだけを毎日食べさせれていれば「毎日「学びに向かう人間性」というようなことを考える場合、最初は外発的でも、どこかで内発的動機づけに変換する必要がある。人工的なサービスを受けて楽しいといっている状態から、自然の中に入って自分で楽しみを見つけられるようにするのと同じである。

現在の学校は、残念ながら、オーダーメイドの場ではない。しかし今、時代はそういう流れになってきている。消費者一人一人にとって、最適で快適なサービスを提供するのが当然という流れ。ICTの得意分野である。

だからこそ、そうではない経験をする場として、学校は意味がある。自分の思い通りにいかない他者との関係の中に生きる。サービス満点ではない、不満足な中で、他者と折り合いをつけながら学ぶ。多少しんどいことでも、意義を見出し、意欲をもって取り組む。便利な世の中だからこそ、不便な体験も必要である。他人と協働することは、大変だし、面倒である。大変だからこそ、大きく変われる。他者の面倒をみるからこそ、面倒をみてもらっていた自分に気付ける。

学習意欲の話に戻る。やりやすいもの、面白いものばかりでは、育たない「学習意欲」もある。困難であっても、挑戦しようと思えるような学習意欲が欲しい。今の自分には難しいからこそ、自分をよりよく変えていこうという学習意欲が欲しい。
易しいものばかりを与えるのが優しさではない。励ましつつ、困難にも挑戦できるような真の学習意欲を育てたい。

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最終更新日 : 2019-12-20

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